甲太郎歌帖

牛丼は一個の庭だ食べるときさまざまなこと思い出される

追いかけた背番号消え残された数字を追って踏み板を蹴る

君は駅ひかりを拾い集めては遠い心をひからせている

男子校一年生の一学期だけを肴に二升目となる

古書店へ手づくりのzine納品しチェコの絵本を買う秋の暮

配達の道順にない小径ぬけ額あぢさゐに取り囲まれる

真夜中の小鳥を呼べるファミレスの「話を聞いて」ボタンを押せば

サッカーの試合に勝った少女らの拭わずにいる頬の春泥

潮どきをまだつかめない児のトイレトレーニングのとうめいな渦

屋根のある町の尽きたらそれからは雨に降られる町のはじまる

夜の来る郵便室の区分棚はがきの束は明日の手を待つ

郵便の投函のたび指先は世界のふちの春風を押す

傘の柄を握るてのひらゆるめれば回りはじめる夜の電飾

心臓に毛が生えていて春風にそよげば君の町を歩ける

比喩としてシーラカンスを使う夜ラジオはぬるい小雨を告げる

藍色の眼鏡をたたみ置けば消ゆ街の灯ひとつ友だちひとつ

新聞の配達員へ吠えないが郵便夫には吠える柴犬

荷箱には収まりきらぬカレンダー脇に挟みて郵便夫ゆく

ハンカチで蛇口を拭いて去る人の肩へこぼれる柊の花

結婚し苗字を変えたのに祖父や父と似てきた髪の生え際